犬の避妊・去勢手術

避妊・去勢手術について

近年、避妊手術・去勢手術を受けるワンちゃんが多くなってきていますが、受けさせるか迷っているという相談も多く寄せられます。 そこで、ここでは避妊手術・去勢手術のメリット・デメリットおよび当院での手術方法をご紹介します。是非、ご参考になさってください。

避妊・去勢手術について

手術のメリット

発情時のストレスからの開放

発情時には、異性の動物が気になってしまうため、行動が落ち着かなくなり、動物にはかなりのストレスがかかっています。中には発情の時期に体調を崩してしまうワンちゃんもいます。
また、雌犬では発情時に外陰部より出血があるために、お部屋が汚れてしまうこともありますし、発情後1~2ヶ月の期間は偽妊娠期間というものがあり、妊娠の有無に関わらず乳腺がはったり、乳汁の分泌が認められたりして乳腺炎になってしまうこともあります。その他、巣作りなどの行動の変化がみられることもあります。

生殖器系の疾患の予防

疾患の中にはホルモンの影響によって起こるものがあります。避妊・去勢手術を行うことで100%生殖器系の疾患を予防できるわけではありませんが、ある程度の生殖器系疾患が予防可能となります。代表的な疾患は以下の通りです。

雌犬の場合

卵巣腫瘍
子宮蓄膿症
乳腺腫瘍
※乳腺腫瘍に関しては、早期に避妊手術を行う方が発生率が低いことがわかっています。

雄犬の場合

精巣腫瘍
前立腺疾患
肛門周囲腺腫
会陰ヘルニア

望まれない繁殖を防ぐことができる

ワンちゃんの場合は、こういったことは比較的稀ですが、多頭飼いの場合や発情期の雌犬を他の犬のいる所に連れて行く場合には特に注意が必要となります。

行動学的なメリット

行動学的な変化は、個体差や手術時の年齢などが関係してくるので、必ず効果があるわけではありませんが、マーキング行動が減少したり、性格が穏やかになったりすることがあります。

手術のデメリット

子供を生むことができなくなる・全身麻酔が必要

特に、高齢の場合や何か疾患がある場合には、麻酔のリスクも上昇します。したがって、手術の前には全身状態の検査を行い、麻酔をかけられるかの評価を行います。

手術の時期

雌犬においては、初回発情が来る前に避妊手術を行った場合と、初回発情から2回目の発情の間、2回目以降で避妊手術を行った場合で比較すると、乳腺腫瘍の発生率は0.5%、8%、26%と早期に避妊手術を行う方が、発生率が低いという報告があります。犬種にもよりますが、多くの犬は生後6~8ヶ月齢時に初回発情を迎えるので、その時期を目安に手術の予定を組み立てると良いでしょう。

最近の研究では数種類の大型犬の雄犬の早期の去勢手術は骨の腫瘍の発生率、関節疾患の発症率などの上昇させるリスクがあることから、24ヵ月齢くらいまで待ってから去勢手術を推奨しております。小型犬の場合には、去勢手術の時期と疾患に関する明確なデータは現在のところ有りませんが、あまり急いで行う必要はないと考えられます。ただし、マーキング行動の減少や性格が穏やかになることを期待するのであれば9カ月齢ぐらいの早期に行う方が良いでしょう。

避妊手術

卵巣摘出術について

避妊手術の手術方法は2通りの方法があり、卵巣のみを摘出する方法、卵巣子宮全摘出を行う方法があります。当院では以下の理由から健常な犬猫に対しては、卵巣摘出術を推奨しております。

1. 卵巣摘出術と子宮卵巣全摘出術の間での生殖器疾患の発生率は変わらない

卵巣摘出術のみでは将来子宮蓄膿症にかかると心配される方がいますが、子宮疾患は卵巣からの雌性ホルモンの影響により発症します。そのため、確実な卵巣摘出術を行う事で子宮疾患に罹患することはまずありません。

2. 卵巣摘出術の方が生体への侵襲が少ない

手術時の切開創は卵巣摘出術の方が小さいため、技術的には高度ですが、通常卵巣子宮全摘出術に比べ手術創は1/2以下で済みます。

3. 手術後の合併症について

ある報告では術後の泌尿器に関連したトラブルが起こる可能性は、卵巣子宮全摘出術の方が卵巣摘出術よりも高いことが示されています。

参考文献

Ovariectomy versus ovariohysterectomy. Is the eternal argument ended?
2008 Jolle Kirpensteijn

Making a rational choice between ovariectomy and ovariohysterectomy in the dog: a discussion of the benefits of either technique.
2006 van Goethem B, Schaefers-Okkens A, Kirpensteijn J

Comparison of long-term effects of ovariectomy versus ovariohysterectomy in bitches.
1997 Okkens AC, Kooistra HS, Nickel RF

去勢手術

陰嚢前方の皮膚を切皮して、左右の精巣の血管を止めて摘出します。ただし、精巣が陰嚢内に降りてこない停留睾丸の場合は鼠径部の皮膚を切皮したり、開腹手術が必要になったりします。

ワンちゃんの年齢や手術後の様子にもよりますが、基本的には避妊・去勢手術は当日退院となります。

生体内に糸を残さない手術方法

近年、手術用の糸に関連した疾患に対して知見が広まってきています。それが縫合糸肉芽腫(縫合糸反応性肉芽腫、術後異物肉芽腫)です。

名前の通り、手術に用いた糸に対して身体が反応してしまうために起こります。これはワンちゃんでは、特にミニチュア・ダックスフンドに多く報告されています。縫合糸肉芽腫の発生部位としては、手術部位に発症することがほとんどであり、例えば、去勢手術では鼠径部、避妊手術では卵巣や子宮断端に発症します。症状は場所によりけりですが、皮膚や皮下組織が赤く腫れてきたり、潰瘍になったり、漿液や膿汁が漏出することがあります。

特に縫合糸肉芽腫の発生が多く報告されているのが、非吸収糸である絹糸です。ある調査では、縫合糸肉芽腫と診断された症例の内、半数以上が絹糸を用いたものだったとの報告があります。

当院では、これらの予防として、縫合糸反応性疾患のリスクが最小限になる様な方法を用いて手術を行っています。

糸を使う手術法の代替法として、バイクランプという熱性の圧着を行う特殊な器具による手術も行っています。(犬の避妊去勢手術は現在全てバイクランプを使用しています)

この方法では、糸を使用しないため、縫合糸肉芽腫の発生を防ぐことができ、手術直後も体内に異物が残りません。術後の炎症反応も糸を使用した手術と比較し軽減されるというデータも出ています。

バイクランプ使用について

当院において、犬100頭(雄50頭、雌50頭)の去勢手術・避妊手術の際に、従来の糸を用いた手術方法と、熱性止血(バイクランプ)による手術方法とで手術後の炎症反応の程度の違い(CRP:C反応性蛋白質を測定)を調査したところ、熱性止血を用いた群では、糸を用いた群と比較して手術後の炎症反応が有意に低いことが証明されました。

以下の研究論文は2010年の獣医麻酔外科学雑誌にて最優秀論文賞を受賞しました。

論文題目:犬100頭の去勢、不妊手術における結紮止血法とインテリジェント熱凝固法の炎症反応の比較検討

学術雑誌名:獣医麻酔外科誌 Vol.41,No.1,39-45
発刊年月:2010年11月

「避妊・去勢手術の質」を改めて考える

1. 避妊・去勢手術と他の手術の違い:健康な子を扱う

避妊・去勢手術は健康な犬、猫を手術します。他の手術は病気やケガなど治療のための手術です。健康な状態での手術ゆえに、この手術で健康な状態が損なわれたり、調子が悪くならないよう細心の注意が必要だということです。当たり前のことですが、ここをないがしろにすると、術後に影響がでてきます。

  
    

2. 短時間で手術が実施できるための技術

当院の獣医師は年間多くの避妊・去勢手術をしています。それは手術数だけをこなすのではなく、常に質の向上を考えています。院長の私をはじめ、先輩医師からの技術指導、獣医師同士の情報交換など、避妊・去勢手術のあるべき姿を追い、犬・猫の負担を軽減できるよう、短時間で確実な手術のための技術を習得しています。

  

3. 避妊・去勢手術での使用する糸へのこだわり

手術で使用する糸を大まかに分類すると、吸収糸、非吸収糸に分けられます。 吸収糸というのは言葉の通り、時間の経過によって体内に吸収されるものを言います。これは半年ほどで生体に吸収される糸であり、糸に対する生体の反応もほとんど問題にならないため、当院では避妊手術・去勢手術時に血管を止血する際には体内に糸が残らないよう、ソノサージ®、バイクランプ®という止血切断専用の機械を用いて止血し、縫合が必要な腹壁などの閉創には吸収糸を使用しております。吸収糸は非吸収糸に比べて、高価です。ただ、安全・安心医療(※)や犬・猫への負担を考えれば、吸収糸を利用しなくてはいけないと考えています。

※手術用の糸に関連した疾患「縫合糸反応性肉芽腫」(術後異物肉芽腫)

  

4. 糸を使わないバイクランプ

吸収糸でも稀に炎症性の反応が残ってしまうことがあります。そこで当院では糸を使う手術法の代替法として、バイクランプという熱性の圧力を行う特殊な器具による手術を行っています。この方法では、糸を使用しないため、縫合糸肉芽腫の発生を防ぐことができ、手術直後も体内に異物が残りません。 術後の炎症反応も糸を使用した手術と比較し軽減されるというデータも出ています。